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ミテ*ハナさんインタビュー

ミテ*ハナさんインタビュー

池田幸恵さん

池田さんは、現在子育て真っ最中。大好きな美術館という空間で、社会とのつながりを日々実感しながら活動しているそうです。

― 「ミテ*ハナ」に応募したきっかけを教えてください。

9歳、4歳、1歳の3人の息子がいます。佐倉に来る前に3年間モスクワに住んでいて、一番下の子どもの出産1ヶ月前にこちらに引っ越してきました。長男が小学校から募集ちらしを持って帰ってきたのですが、引っ越して来たばかりで地域のこともよくわからず、外とつながりたい気持ちもあったので、美術館を通してつながれるのだったらそんなに嬉しいことはない!と思いました。ただ、作文もあったので、本当に受かるとも思わずに応募し、子どもがまだ生後2ヶ月で面接を受けたのを覚えています。

― 研修はいかがでしたか?

VTSの研修はすごく楽しかったです。いろいろな鑑賞の視点やその効果について知ることができましたし、自分自身が作品を深く鑑賞できるようになったことも嬉しくて仕方ありませんでした。ところが、半年以上研修を受けて、本番に近い形でファシリテーターを務めたときに、「やるべきことはできていたけれど、鑑賞を深められたと言えるだろうか?」と指摘されたことがありました。4ヶ月くらい落ち込んでしまい、メンバーにも「イケダ・ショック」と呼ばれています(笑)そこからはとにかく「深める」ということを意識しました。これが本当に難しくて、自主練習をやったり、メンバーに聞いてみたり。他の人のトークはそれまで以上によく聞くようになりましたね。「ミテ*ハナ」という仲間が周りにいて、みんなの存在があるからこそショックからも立ち直れたと思っています。

― 活動を通して変わったこと、やってよかったことはありますか?

普段は子育て一色なのですが、子どもと絵本を読んだり、テレビを見たり、風景を見たり、どんなときも話すことが増えましたね。例えば、子どもが「あー、すごい!」と言ったら「どこが、どこが?」と聞いたり、とにかく、何が、どこを、どう感じているのか、本人の言葉を聞き出せるようになりました。話し出したら会話が止まらないほどです。
3ヶ月前に他界した母が、昨年8月に開催された「ミテ・ハナソウ展」を観に来てくれました。それまでは子どもが小さいのに忙しくしている私のことを「子どもを預けて、一体何しているの?」と言っていたのですが、「すごいことしてるのね。あんなことしているとは知らなかった。」と。展覧会に関わることができて、本当によかったです。

― 同じような状況や志を持つ人たちへ何か伝えたいことはありますか?

子どもが小さくて、知識もないし、それでもやろうと思えばできるということが今の私には自信を持って言えます。実は人前に立つのが大嫌いで、今でもそれは克服できているわけではないのですが、「ランナーズ・ハイ」ならず「ファシリテーターズ・ハイ」があって、一度それを経験してしまうと、もうやみつきです。それを克服するための辛い時間があったとしても、それ以上に充実した時間があるので、少しでも興味を持ったら、ぜひ行動に移して欲しいと思います。

 


荒井茂洋さん

「ミテ*ハナ」黒一点の荒井さんは現役サラリーマン。平日の関わりは難しい中、アートに対する興味と比例するように美術館での活動を広げています。

― 元々は体育会系だったそうですが、応募したきっかけを教えてください。

50歳になったときに、これまで生きてきた時間より残りの時間の方が短いことに気づき、新しいことに挑戦してみようと思いました。それで、佐倉市立美術館の関連事業のボランティアなどをやってみました。元々ラグビーをやっていたこともあってスポーツにしか興味がなく、アートって敷居が高いと思っていたのですが、実際関わってみるととても面白くて、そんな最中に「ミテ・ハナソウ・プロジェクト」が立ち上がり、もう、一番に手を挙げました(笑)。

― 「ミテ*ハナ」メンバーについて聞かせてください。

僕が一期生では唯一の男性メンバーです。女性が多そうだなとは思っていたのですが、それでも何人かは男性がいると思っていたので、正直最初はたじろぎました(笑)。でも、メンバーがすばらしいんです。僕はサラリーマンで土日しか参加できないので、みんなと同じようには活動できなかったりするのですが、グループとしてまとまりがあって、一人ひとりが自立もしているし、受け入れてくれる空気も持っている。こういう環境は他にないですね。

― 「ミテ・ハナソウ展」はどのように関わっていましたか?

約1ヶ月間の会期だったのですが、お盆休みに休暇をくっつけて、半月くらい休みを取って毎日参加していましたね(笑)。ある日、午前中の鑑賞があまり盛り上がらなくて、その理由をみんなで話したんです。自分が出来なかったことを吐露し、みんなの本音が出始めて、これをきっかけに少しずつ変わり始めました。気持ちが一つに固まって動けるようになって、このチームは本当にすごいなと思った時でもありました。

― 活動を通しての経験を敢えて言葉にすると?

“ONE FOR ALL,ALL FOR ONE.”がピッタリかもしれませんね。ラグビーの言葉ですが、「ミテ*ハナ」も一緒です。一人はみんなのために、みんなは一人のために。初めは自分がファシリテーターとしてどう成長したいかを考えていたのが、自分がどういう役割をしたら、みんなやチームが向上できるのかを考えるようになりました。一人ひとりの役割も大事だけれど、24人が同じ目標なりを共有して、その中で自分に何ができるかをイメージして行動する。「ミテ*ハナ」は今まさに、そういったすごくいい雰囲気になっています。

― 今後どのような活動をしていきたいですか?

展示空間に飾られている作品に対してだけではなく、この美術館自体を対話型鑑賞の場としていけたらいいなと思っています。規模の小さな館ですが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でグッドデザインに選ばれているデザイナーズチェアもあって実際に座れるとか、みんなにもっとこの美術館のことを知ってもらえるような活動ができたらいいですね。メンバーに言うのは気恥ずかしいのですけど、これほど魅力的な人たちが集まる大好きな美術館のことを、もっと多くの人に知ってもらいたいです。

 


小島いつ子さん

佐倉市の歴史系の文化施設でもボランティアガイドとして活躍中の小島さん。「(年齢では)ミテ*ハナNo.2なんです!」と、とびきりの笑顔で教えてくれました。

― 「対話型鑑賞」については知っていましたか?

夫と子ども3人と家族で海外に住んでいたことがありました。海外の美術館は日本みたいに「ダメ」と言われることばかりではなく、とても自由な雰囲気で絵を鑑賞することが出来るので、家族で美術館に行くことが大好きでした。「対話型鑑賞」についての知識があったわけではないのですが、一番下の子がブリティッシュスクールに通っていて、そこで「対話型鑑賞」のような授業を受けていました。発表が苦手だった子どもが人前で堂々と発表できるようになるという変化を見ていたりしたので、常々興味はあって、募集を見たときに「これだ!」と結びついた感じです。

― 他のボランティア活動もされているそうですね?

月に3、4回くらい「文化財ボランティアガイド佐倉」のボランティアガイドをしています。佐倉市にある武家屋敷、旧堀田邸、佐倉順天堂記念館という主に3つの文化施設でガイドを行うボランティアなのですが、土日を当番制でまわしている他に、佐倉の歴史や文化やゆかりの人物について学び、将来に生かす「佐倉学」という市の取り組みで学びに来た子どもたちにガイドをすることもあります。

― そんな中で「ミテ*ハナ」にも応募しようと思ったのはなぜでしょうか?

ガイドは自分が一方的に話すというボランティアです。みなさんとても行儀よく話を聞いてくれるけれど、それがどのくらい彼らの中に残っているのかはわかりません。ガイドをやっていると、子どもたちからお礼状が届くことがあるのですが、「教えてくれてありがとうございました」など、その内容も型にはまったものが多かったのです。そんなときに、「ミテ*ハナ」の募集記事が市の広報に載って、自分の言葉で話すことを体験してもらうためのボランティアだという内容が書かれていて、すごく興味を持ちました。

― 「ミテ・ハナソウ・プロジェクト」での経験はどのように生かせそうですか?

私は年齢では上から数えて2番目なのですが、自分の歳なんて忘れてしまうほど夢中になって日々の活動に取り組んでいます。一方的ではないコミュニケーションはもちろん、「対話型鑑賞」を通して、「じっくり聞くこと」「待ってあげること」を学びました。これらを自分の子育てのときに生かせたらよかったのですが(笑)、学んだことを実践する場がいくつもあるとても恵まれた状況なので、発話を引き出せるようなやりとりを意識して、ガイドのボランティアや孫との生活の中で生かしています。

 

インタビュー収録:2016.1.23
インタビュアー:米津いつか